『日脚伸ぶ・最終回』
生憎の風雨の1月の終わり。
北国は大雪に埋もれるだろう。
「日脚(ひあし)伸ぶ」と云うのは晩冬の季語である。
「馬券生活者の徒然なら書きますよ。それが30年も続いている暮らし向きだから」
こう云う話から始まった当ブログも明日(31日)で卒業する。
「私は博打稼業ですから予想はしませんよ。まして金を取って予想を売るような事も。」
これが博打屋の条件であった。
概ねその我が儘は通して2年近く与太話にもならない事を書いて来た。
昨日(28日)の商いでホトホト万策尽きた。
期待の小林大介は明らかに気持ちだけが先走ったレース。
少し冷静なら捲りのチャンスだったが、中団を取りに内へ入った時点で博打屋の車券は全てが消えた。
書かねばならぬと分かっていながら、ギリギリにならないとエンジンがかからない博打屋である。
日銭稼業の性と言えばそれまでだが、日中そこかしこで商い場所が開かれているのに、部屋に籠って原稿書きなど精神衛生上この上なくよろしくない。
今朝(27日)スポーツ紙の一面に競輪選手手島慶介の死が大々的に報じられていた。
25日に亡くなったようだが、自殺の文字も見られる。
いささか意外でもあり驚きでもあり残念でもある。
かんせぎょう、と云う晩冬の季語。野施行ともある。(日本の歳時記)
言葉は知らなかったが、幼い頃の記憶にこの習わしの風景はある。
迫り来る雪雲の塊を見ながらふと思い出した。
正しくは「かじけ猫」と云う冬の季語のもじりである。
「かじけ」は動詞「かじく」「かじける」から派生した言葉で寒さのためにちぢこまった、の意味がある。

1949年広島生まれ、中央大学文学部国文科卒。コピーライターを皮切りに、広告制作、音楽事務所経営、ルポライター、競馬雑誌編集長を経てフリーに。全国の競馬場に出向き、競馬に関わるエッセーを雑誌等に寄稿。著書に「馬券で喰ってどこが悪い」等。
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