『競馬のない土日は猫のいない豪徳寺』
「何と申した?風邪じゃと?」
「ははぁ〜、流行り風邪にてござります。して、こたびの競べ馬でござりますが、見合わせるのが賢明かと・・・」
「たわけ!流行り風邪ごときで騒ぎおって。見ろ、馬は元気に駈けておるぞ。構わぬ、風邪だろうが、腹痛だろうが、勝つ馬と負ける馬がありゃ富くじは売れるのじゃ、お主たちはその道理が分らぬか!」
「しかしながら、瓦版のハエどもが煩く申しておりますれば、殿から上意をお下しなされては」
「かようなことで余を煩わすとは何事!ええぃ〜滞りなく祭りは行なえ!」
先週から今日に到るまで、JRA城ではこのような騒動が勃発しているようだ。
「殿!御乱心あそばすな!」
と咎める賢臣がいたなら先週のドタバタ劇もなかったであろうし、今日前倒しで発表される開催有無の結論も「御乱心」がまかり通るかも知れない。
降って涌いた週末の休日。が、自転車、ボート、オートバイと多角経営の博打屋には競馬のない土日もさほどの休息はない。日銭商売は年中無休、立ち止まることは出来ない。
とは言え、こんな時にしか、堅気の人種との付き合いは出来ない。お盆休みの後半の週末、渋滞覚悟で温泉行脚。大渋滞に巻き込まれ、堅気の暮らしの不自由さを教えられた。
「何云ってんの梶さん、金はあっても閑がないのが勤め人よ。」
「そりゃ違う。閑を作れない働きをするから、金が貯まっているだけだよ。決してアンタが有能だからそんな小金持ちになってるわけじゃない。僅かな労賃でも、閑を与えなけりゃ金は貯まる。アンタらそれを後生大事に眺めて、ああ、俺もそこそこの財力はある。ただ、閑がないだけだ。見ろ、回りもみんなこうして渋滞を我慢してるじゃないかって安心してるんだよ」
人様の車に便乗しておきながら、我ながらきついことを云う。しかし、この知人は良いことを教えてくれた。
「金ならある、閑がないだけ」
と口癖のように云うことは、脳を刺激し、脳がそのように思い込んで行くのだそうだ。
つまり、したいことあれこれあれど、今は閑がないだけ、金ならあるんだから、と日々の暮らしに自信と安心と前向きな意欲を生み出すそうだ。
博打屋には些か耳が痛い。
「金はない、閑なら売る程ある」が口癖の場合、脳はどのように反応するのだろうか。
競馬のない土日とは具のない味噌汁のようなものだ、と博打屋は思った。
セゾンRHの井出君は「夏の夢」と答えた。クラブ馬の冠名、サマーとドリームから頭が離れないらしい。
知人の女性は「花火のない夏の夜」と答えた。
烏山在住の某トラックマンは豪徳寺まで息子と散策に出かけるという良き父親をやっていた。「招き猫のいない豪徳寺のようなもの」と答えて来た。「招福(承服)」出来ぬそうだ。
競馬がないとなかなか冴えている。
まだ一度もクーラーを入れずに過ごしている「愁思符庵」。熱風がジワリと身を焦がす。京王閣競輪(20日)小田原競輪(21日)と出稼ぎに出かけたものの、商いにはならず、日銭商売も苦戦。働かざるもの喰うべからず、の日々だ。
そこを見越したように、某馬主氏から救援物資が届いた。「愁思符庵」に一滴の水。
送り主名に「難民救済センター事務局」とあるのを、配達の佐川のお兄ちゃんが不思議そうに見ている。
受け取ったのが、パンツ一丁で出て来た痩せ親父だからどこか納得した顔で帰って行った。
「愁思符庵」の夏はまだ続く。
