『瀬波温泉夜話』
長い旅打ちの最後の夜を恒例の瀬波温泉で過ごした。
村上市に向う海岸線を北上し岩船港と云う粟島に渡る漁港を過ぎると瀬波の海岸である。
道沿いのススキがピンと上を向き、自分の季節を誇示しているかのように、かすかに揺らいでいた。
何度訪れても、日本海に完璧に沈み切る夕日を見る機会は少ない。今年もまた雲の中に消えた。
波静かな夕闇の日本海が丸く水平線を引き、粟島の島影が茜色の雲のなかで黒く浮き上がる。
夕刻の一瞬の色変化。
この景色を見るだけで、長い旅打ちの心と体と懐の疲れが癒される。
なにはともあれ、苛酷な夏は終った。
収支?
野暮なことは聞くんじゃないよ。
収支は終始「愁思」不安だ。
今回は些かユニークな顔ぶれだった。
ネット業界を生き抜く某社の社員2名、その業界をコーディネイトする代理店社長、カメラマン、博打屋。そこにセゾンHRの顧問志井田氏と社員井出君が合流。
文字通り旅は道連れ、の混成隊。
夜の二次会の席であった。世にも稀な話に一同盛り上がったのだ。
長くなるので話を端折るが、先週(8/30)井出君からメールがあった。紹介する。
「今電車です。隣のサラリーマンっぽい若い男性が広げた本の表紙に『馬券で喰ってどこが悪い』の文字。なんだか嬉しくなりました。」(井出)
「そりゃ、ウソみたいな話だね。私なら抱き締めたいよ」(博打屋)
「真剣な眼差しでしたよ。僕があまりチラチラ覗くので睨まれてしまいました。彼はそのまま乗って行きました」(井出)
補足するなら、帰途電車の隣席の男が博打屋の7年も前の著書を読んでいると云うのだ。井出君だっておそらく手にしたことはないはず。嬉しく思った井出君が「僕、その人知ってます」と云いたい衝動を抑えてメールしてくれたのだ。
その2日後の最終週土曜。新潟競馬場での昼食時、ネットの申し子二人に博打屋がかくかくしかじかと井出メールの話をし、世の中には酔狂な人がいるもんだ、と話をした。
瀬波に向う2台の車中、ネットの一人が、そりゃ、自分かも知れぬ、と告白。
一方、朝新潟駅で初顔合わせした井出君。その一人を見て、睨まれた若いサラリーマンを思い出してはいたらしいが、まさか、が先立ち口にはしていなかった。
心に引っかかっていたものが、二次会の席で解けた。
紛れもなく、その人同志であったのだ。
「ダービー馬のオーナーになるより、確率の低い話だよ」
と井出君に返信した時は、そもそも本を持っている人と、同じ電車に乗り合わせる確率を云ったつもりだが、何の接点もない二人が、2日後に瀬波の温泉で邂逅するなんて、事実は小説より奇なり、とはこのこと。
博打屋が取り持った寄寓に盛り上がり、漁火がいつしか数が増えているのも気付かず、最後の夜を過ごした。
さすが、本人を前にすると抱き締めるわけにはいかず、しかも、この旅に備えて、同行の上司から借りて読んでいたと云うオチまで知ってしまうと、そりゃそうだ、やはり世にそんな酔狂はそうそういない、と妙に納得したものだった。
夏の終りに相応しい、人の縁に笑い涙した夜だった。
