『錦秋演舞場祭り』
秋雨前線に震えさせられた先週末だったが、今週はどうやら天高くの秋競馬が見込めそうな3日間開催だ。
だいたい、中だるみのする連続開催だが、さて、市場(民意)はどう反応するだろう。
開幕週、ファン心理はコース変わりの波乱予想を期待するであろうが、底力の実力勝負となる府中では、中山のような一瞬の脚や、インコースの巧妙な差しなど、ドサクサに紛れた結果は、そうそう期待できぬ。
そんなことを、わざわざ駆けつけた戸田競艇場のつり橋の上でぼんやりと考えていた火曜(2日)であった。
新鋭戦の優勝戦。
たった一レースの為に稲田堤から電車賃かけて出向く価値があるか。
結果だけが全ての商いであるから、出向く実費と時間の対価を原価計算する。
このレースは毒島と浜崎の92期ガチンコ勝負、とスポーツ紙の見出しに共感も持てる。
商い時かな、と諭吉何人出向かせるか思案するも、ふと弱気の虫が語りかける。
「優勝戦は別物だよ」
その通り。予選実績から見ると、1号艇から成績上位が並ぶ。
つまり、予想はその順に印がつく。
この辺りは競馬のトライアルに似てもいるが、いずれにしても、予想の基準は直近の成績が重視されている。
しかし、そうした下馬評通りに事が運ばないのがレースと云うものだ。
メンバーも違えば、諸々条件も変わる。
博打の神は、そうそう容易く手招きしてはくれぬ。
一捻りも二捻りもギャンブラーに課題を托す。
云っちまえば、神との丁々発止。それが博打と云う営みなのだ。
で、案の定、神は試練を与えたもうた。
安直な結論に群がる、強欲ファンに戒告の裁き。
「過去の出来事は、これから起きることを何一つ保証するものではない。」
ブービー人気の藤田竜弘に初優勝の幸運が降り注いだ。波乱の結末であった。
弱気の虫の声に耳を傾け、一捻りはしたが、博打屋の商いは失敗。
こんな日は、他人には言えぬ嫌悪感に見舞われる。
「アストンマーチャンの教訓か・・・」
散々迷った挙げ句、3歳馬の分の悪さだけが心に引っかかり、サンアディユを頭にしてしまったスプリンターズSの結果。
過去のことなど、これっぽっちもこの先を照らしてくれるものじゃないことは、博打屋には身に染みているはずなのだが・・。
昨日(3日)、心は川口オートの名匠戦決勝にあり、大井競馬の東京杯と昼夜連闘プランが博打屋の青写真。
あるいは、平和島の全日本選手権、魚谷狙いと、ビジネスチャンスは事欠かぬ日。
しかし、博打屋にも3分の浮き世の義理。
知人から頂いた新橋演舞場の招待券がズシリと商いを鈍らせる。
森光子、中村勘三郎特別公演「寝坊な豆腐屋」。
新装の演舞場は初めてであり、そもそも、博打屋に銀座は似合わない。
おまけに森光子の舞台など、博打屋にとっておそらく最初で最後。
いや、この二人の競演自体がそうなるであろう、とついに商い放棄の芸術の秋。
公演2日目。2階の招待席列に博打屋ポツリ。
見回すと、いずれも上品なご婦人ばかり。男性は数える程。しかも、御髪は白いかピカピカかの風貌世代。
居心地悪さは否めぬが、黙ってりゃ、博打屋だってちょっとした良いとこの旦那に見えるはず。
まあ、ここはひとつ気後れせぬようと、明日に控えた引き落としの金の心配どこ吹く風を決め込んだ。
なんとも、森光子の華奢で精微で生粋な姿であろう。
舞台の上にぽつねんと小さな真珠が落ちているようであった。
せりふも覚束なく、プロンプターが2階席にまで届く。
しかし、その全てが絵になる。
良いものを見せてもらった。
汐留めに行けば、東京盃が間に合う時間に舞台は終った。
が、芸術の秋。
錦秋演舞場祭りの余韻を博打屋は温存した。
