『健坊の涙雨・合掌』
我慢しきれずに涙がポトリ。
そんな雨が冷えきった夕刻落ち始めた。
静かに、そして厳かに読経が参列者の心に染み込んで来る。
微笑みの遺影が博打屋には眩しい。
10年の歳月を遥かに超えた懐かしい顔だった。
今日(16日)、48歳の短い人生を終えた一人の女性の通夜に参列した。
日刊ゲンダイ連載「止まり木ブルース」などで馴染みの塩崎利雄夫人・恵代さんである。
健坊はその小説の代表的登場人物だ。
夕闇迫るまで空は我慢していた。
しかし、人の死はやはり哀しい。涙が漏れた。
博打屋が知っていたのは、松本美樹と云う芸名の時代だ。
あるいは、字が違っているかも知れない。
鴨川の旅館の娘さん、と云うことは朧げな記憶にある。
府中に「宮一」と云うおでん屋がある。
そこで幾度か会ううちに話をするようになった。
当時、この人はレポーターなどマスコミの仕事をしていた。
そして何時のまにか塩崎氏と結婚されていた。
2年前だろうか、病に伏せられていると人づてに聞いた。
今年の始め、塩崎氏からも聞いた。
「宮一」のカウンターで、店の主人と競馬の話を楽しんだのが思い出される。
その主人もすでに亡くなった。
11日、一報をくれたのは、菊地氏と云う塩崎氏のケイシュウニュース時代の後輩である。
先週のパドックでその男と交した会話だ。
「通夜の手伝いか?」
「そりゃ、ね。受付くらいはせにゃ」
「俺は知っての通り博打屋だ。金にゃ忙しい。通夜だって、行けるかどうか」
「・・・」
「今日の出来次第じゃ、行きたくとも香典が切なくならんとも限らん、分るか」
「・・・」
「そこでだ、万が一俺が出向いた時、香典袋に金が入ってなくとも、そこはそれ、黙ってしかと受け取りました、って顔をするんだよ。
あの、忠臣蔵の通行手形の名場面、知ってるだろ。武士の情けってやつ・・」
「なにを馬鹿なこと云ってんのよ、このオヤジ」
この時、パドックを周回するデアリングハートを見ながら、博打屋には気になるところがあり「コイツは要らん」と云ってしまった。
その馬にあっさりと勝たれてしまい、博打屋としては面目がない。
そして、今日(16日)。防府競輪の決勝である。
博打屋は昨日は浦和競馬。今日は京王閣で決勝を買い、その足で通夜に出向くと云うプラン。
博打屋の正しかるべく行動である。
手伝いで決勝を買いに行けない菊地氏に、決勝の見解を聞くと、武田豊樹より海老根恵太だと云う。
喪服に着替え出向いた博打屋は最後まで迷った。
人気は武田ライン。次が海老根ライン。最も人気がないのが小川ライン。
そこへ、我が外弟子のM嬢からメール。
「喪服着ての商い。黒で勝負」
黒と云えば小川ラインの番手、2枠加倉正義。
「それもありか・・・」
かくして、博打屋の迷いは吹っ切れて、「これも博打事の機微。賭けてみよう」となった。
これで加倉が勝ったら、話が出来過ぎ。梶山も書くに事欠いてってことになるのだが、驚くことにそうなったのである。
加倉・武田・兵藤と入り3連単1万4千円。
武田が白の1枠であったのも幸いした。
喪服の基調は黒と白だ。
当然博打屋の馬券には入る。兵藤は武田の番手、並びだから取り易いと云えばそうなのだ。
この車券を香典袋に入れればお洒落か、とも考えたが、すでに香典袋には浦和で稼いだ金が入れてある。
僅かな香典だが、競馬、競輪と綱渡り、人並みに義理を果たせたのも、彼女が最後のお別れをしに来いと後押ししてくれたのかも知れぬ。
博打屋にも三分の魂。
冷たい秋雨。しみじみ、人の死は哀しい。
合掌。
