『セブンイレブン最悪の気分』
生きていると色々なことに出くわす。
それが人生というものだろうが、こんな屈辱を味わうのは、生まれて初めてである。
博打屋は深い憤りで、開店休業、夜も眠れぬ月(10日)火(11日)を過ごした。
余りの憤慨に血圧が上がり具合が悪い。
それもこれも降って湧いた月曜(10日)の事件が要因である。
京王閣で知人とアポを持っていた博打屋は、地元稲田堤駅に急ぎ、駅近くのセブンイレブンに支払いに立ち寄った。
用を済ませ遅れ気味のアポ時間を気にしながら出口近くの新聞棚のスポーツ紙を買おうかと手を差出し、新聞を一度は触りながら、そのまま抜かずに思い直し店を出た。
目と鼻の先の京王線の券売機で切符を買っているところへ、セブンイレブンの上着を着た女性が追い掛けてきて、持っていった新聞の支払いをしていない、店まで来てくれと言う。
何の新聞?と聞くと二つの新聞名を言う。
事件の概要はこうだった。
店に戻り博打屋は、自分が万引き呼ばわりで連れ戻された事態にブチ切れた。
それからの状況については、記すだけで血圧があがり、顔が火照る。
こういうのを精神衛生上良くないと言うのだろう。
要はパートのおばちゃんが、新聞に手を差し伸べた博打屋の後ろ姿をチラリと見、その後を見ずに、ただレジに来ないで出ていった博打屋を万引きと店長に報告、鵜呑みにした店長が追い掛けてきて、はっきりと、しかも確信をもって、新聞を万引きして行ったと、この博打屋を捕まえに来たわけだ。
責任者をだせ、との要求にその女性が自分だという。
だが、誤認に気付いた本人は本部やら社長やらの連絡に、こちらが怒鳴らなければらちがあかない。
広島競輪の場外をやるべく知人とのアポはとっくに過ぎ、不義理を気にしながら、さりとて、笑って済ませる問題じゃない。
降って湧いた窃盗容疑である。
こんな馬鹿な話は無い。
博打屋のこの日の商いやアポはどうなる。
責任者到着に時間を要し、怒りは頂点に達す。
店のカウンターには博打屋が身の潔白を晴らすために脱ぎ捨てた衣類が積んである。
裸になるつもりで脱いだものだ。
どこに、たかだか新聞を隠そう。
やがてやってきたセブンイレブンの地域担当が事情確認し、全面非を認める。
京王閣の待たせ人も気になるし、自らの商いも気になる。
フランチャイズ店だから経営者がいる。が、所用で戻りに時間が掛かる。
本部に連絡させるも、お客さま相談室のおざなりの対応。
フランチャイズ店での出来事は現場で、と大方の予想通りの回答。
こんなセクション、屁の役にもたたぬ、対外向けの気休め。
要は加盟店個々の裁量と云う責任転嫁。
埒の空かぬ事務所でのやりとりに業を煮やした博打屋は京王閣にいき、知人を呼び出し詫びを入れ再び戻り、やっと現われた社長と店長、地域担当と博打屋の話会いとなった。
事実関係は、幸い店内の防犯ビデオにつぶさに記録され、もとより博打屋の行動にやましいところはあろうはずもない。
あの行為が紛らわしいのであれば、セブンイレブンでは迂闊に商品には触れない。
いや、それどころか、人を見たら泥棒と思えが、この企業の姿勢ともなる。
誠意をもって謝罪、事後処理にあたります、いや、充たらせますの地域担当者の言葉をひとまず受け入れ引き上げた月曜夜。
寝付ける訳が無い。
盗人呼ばわりされたあの券売機でのシーンが、頭の中を駆け巡る。
全人格を損なわれた屈辱。
おそらく冤罪に苦しむ人の心境はかくあらん、と胸をかきむしる思いだ。
この町で生活するものとして、駅と云う公衆の中で恥をかかされ、なおかつその駅を利用し暮らしていかなければならないこの先の不快さ。
深く傷ついたこの博打屋を、一体この人たちはどうあがなえられるのだろうか。
眠れず過ごした翌火曜、社長、店長の兄弟経営者と一晩おいて面談した謝罪とは、およそ事の重大さを理解したものとは思えない、侮辱したものであった。
暮れの忙しい時期を控え、つまらない告訴、訴訟事を抱え込むことになりそうな腹立たしさである。
この続きはまたにするが、少なくとも博打屋は、セブンイレブンの制服に捕捉され、窃盗容疑をかけられ、不条理な心痛を味わっている。
あの看板を見るたびに、追い掛けられてきた屈辱が沸き起こる。
この心の痛みは、あらぬ濡れ衣をかけられたものでなければ分からないかもしれない。
心穏やかに師走の商いに専念したかったが、そんな心模様ではなくなった。
これは企業による暴力である。
