『年の瀬や・・・』
先週14日、無事同窓会が終わった。
無事というのも、この12月14日と云うのは、博打屋にとって過去良からぬ出来事が多く、厄月厄日なのである。
交通事故やら手術やらろくな思い出がない。
奇しくもこの日は「赤穂浪士」の討ち入りの日。
なにやら吉良に縁が繋がるのか、あるいは浅野方か。
「そりゃアンタ、吉良だよ」
とにべもなく知人は云う。
冗談じゃない、あたしゃ賄賂を受け取るほどの悪じゃない。
「違うよ梶さん、受け取れるほど、偉くないだけだよ」
と、どこまでも口さがない
実は博打屋はこの赤穂浪士の話が好きだ。
「忠臣蔵」の堂々ファンなのである。
シェイクスピアから遅れること何百年か知らぬが、この「忠臣蔵」は日本が誇る大叙事詩、とまで思っている。
様々なエピソードはどれを取り上げても泣かせるが、最近では大石内蔵助の管理者としての能力論まで登場する始末。
討ち入り四十七士は後世称賛されたが、参加しなかった国元の大半の下級家臣たちは、肩身の狭い立場に置かれてしまった。
この辺りが現代の経営者あるいはリーダーとしての管理能力の論争となるらしい。
さぞ内蔵助も苦笑だろうが、博打屋にはどうでもよい。
「年の瀬や 水の流れも人の身も」
煤竹売りに身をやつした義士、大高源五がかつての俳諧仲間、芭蕉門人其角とすれ違う。
討ち入り前日のことである。
かねて江戸潜伏の赤穂浪士と感付いていた其角が、その煤竹売りに問い掛けたのが先の句である。
「あしたまたるるそのたから船」
源五はそう応じた。
泣かせるねー。
いい時代だ。
貧乏博徒に身をやつした梶山をみて、どなたか詠み掛けてくださらぬものかな。
「年の瀬や 金のながれも人の身も」と。
必ずや博打屋応えてしんぜよう。
「あしたまたるる有馬記念」と。
さて、19日夕刻だ。
有馬記念の資金捻出に博打屋は異業種博打、麻雀にでむく。
神楽坂の風は身を刺すように冷たい。
