『師走の師とは』
有馬記念が終わり、競馬人は束の間の休息を取る。
あるとすれば、この数日がお正月で、世間が雑煮を食べている来週は、また長い一年の仕事を淡々とこなしている。
博打屋はと言えば、有馬が終わってからが「師走」本番である。
有馬の終わったあとの飲み会でその「師」の話がでた。
師走の師とは、一体誰なのか?
博打屋を除く6人の飲んべえは皆何を今更と云う顔をして「そりぁあんた、先生に決まってんでしょうが」とにべもない。
「先生って、学校のかい?」
「他になんの先生さ?」
「調教師かい?皆先生って呼んでるわな」
「いやいや、そりゃ詐欺師やペテン師じゃないか。この時期忙しいよ、きっと」
「いや、梶さんだよきっと。馬券師。年越しのカネに忙しい」
みな、有馬〈空気の読めない結末〉の毒気にあてられ、好き勝手な発言。
「ありゃあね、坊さん、僧侶のことだよ」と博打屋のうんちくが始まる頃には皆好き勝手な会話。聞いちゃいなかったが「僧」には「あっ、そう」程度の反応。
「梶さん、話し長いから手短に」ときた。
アンタ達ね、こりゃ平安の御代の「奥義抄」にすでに書かれてることだよ。
「僧をむかへて仏名をおこなひ、あるひは経よませ、東西にはせ、はしるゆえに師はせ月といふをあやまれり」
「仏名会(ぶつみょうえ)」と云うのは陰暦12月19日から、1日あるいは3日間の行事のことだ。
つまりだなーと誰も聞いちゃいないが続けた。
この「仏名」や「読経」のために僧は12月になると東奔西走するから「師馳せ月」と言ったのだが馬鹿が「師走」と誤っちゃったんだな。
「師」と云うのは本来は「僧(導師)」のこと。
一同とりあえず「ふーん」と反応。
「じぁあさ、調教師の師も導師の師だ」
「馬を導くんだわな」
「そう云うこと。有り難ーい師なんだぜ」
アンタ達ね、「日本人が大切にしてきた季節のことば」(復本一郎)って良い本があるからさ、年末年始、どうせすることないんだろうから読みなさい。正月こそ、日本人らしく過ごさなきゃ。ね。
その博打屋は、有馬で冷や汗ものの馬単を500円買い、共同買いの同窓メンバーからさすが師匠と誉められた。
3連単ボックスに4番ダイワメジャーの指名がなかったのが幸い。
もしあれば、師匠決裁で3番マツリダゴッホを外して80万馬券を取り損ねたわけだから寝覚めが悪いことこの上ない。
それこそ非難ゴウゴウから走り回る師走だった。
もっとも、博打屋の本線馬券7番ダイワスカーレットの馬単総流し馬券をいつまでも恨めしそうに持っている。
その悔しさは翌日の競艇「賞金王」でも晴らせず、25.26日と京王閣で残業。
声の出ない風邪と闘いながら師走の商い。
26日、今し方、京王閣8R 、どうにか3連単3万9千円を取り気分良くしている。
西日を受けて、最後の追込み。
走るのは馬でもなければ、自転車でもない。
この時期に走るのは、馬券師である。
