梶山徹夫の馬券生活 - 愁思符庵日記 -

本物の博打屋が送る競馬ファン必読の競馬ブログ

2007年12月26日

『師走の師とは』

有馬記念が終わり、競馬人は束の間の休息を取る。

あるとすれば、この数日がお正月で、世間が雑煮を食べている来週は、また長い一年の仕事を淡々とこなしている。

博打屋はと言えば、有馬が終わってからが「師走」本番である。

有馬の終わったあとの飲み会でその「師」の話がでた。

師走の師とは、一体誰なのか?

博打屋を除く6人の飲んべえは皆何を今更と云う顔をして「そりぁあんた、先生に決まってんでしょうが」とにべもない。

「先生って、学校のかい?」

「他になんの先生さ?」

「調教師かい?皆先生って呼んでるわな」

「いやいや、そりゃ詐欺師やペテン師じゃないか。この時期忙しいよ、きっと」

「いや、梶さんだよきっと。馬券師。年越しのカネに忙しい」

みな、有馬〈空気の読めない結末〉の毒気にあてられ、好き勝手な発言。


「ありゃあね、坊さん、僧侶のことだよ」と博打屋のうんちくが始まる頃には皆好き勝手な会話。聞いちゃいなかったが「僧」には「あっ、そう」程度の反応。

「梶さん、話し長いから手短に」ときた。

アンタ達ね、こりゃ平安の御代の「奥義抄」にすでに書かれてることだよ。

「僧をむかへて仏名をおこなひ、あるひは経よませ、東西にはせ、はしるゆえに師はせ月といふをあやまれり」

「仏名会(ぶつみょうえ)」と云うのは陰暦12月19日から、1日あるいは3日間の行事のことだ。


つまりだなーと誰も聞いちゃいないが続けた。

この「仏名」や「読経」のために僧は12月になると東奔西走するから「師馳せ月」と言ったのだが馬鹿が「師走」と誤っちゃったんだな。

「師」と云うのは本来は「僧(導師)」のこと。

一同とりあえず「ふーん」と反応。

「じぁあさ、調教師の師も導師の師だ」

「馬を導くんだわな」

「そう云うこと。有り難ーい師なんだぜ」

アンタ達ね、「日本人が大切にしてきた季節のことば」(復本一郎)って良い本があるからさ、年末年始、どうせすることないんだろうから読みなさい。正月こそ、日本人らしく過ごさなきゃ。ね。


その博打屋は、有馬で冷や汗ものの馬単を500円買い、共同買いの同窓メンバーからさすが師匠と誉められた。

3連単ボックスに4番ダイワメジャーの指名がなかったのが幸い。

もしあれば、師匠決裁で3番マツリダゴッホを外して80万馬券を取り損ねたわけだから寝覚めが悪いことこの上ない。


それこそ非難ゴウゴウから走り回る師走だった。


もっとも、博打屋の本線馬券7番ダイワスカーレットの馬単総流し馬券をいつまでも恨めしそうに持っている。


その悔しさは翌日の競艇「賞金王」でも晴らせず、25.26日と京王閣で残業。

声の出ない風邪と闘いながら師走の商い。

26日、今し方、京王閣8R 、どうにか3連単3万9千円を取り気分良くしている。

西日を受けて、最後の追込み。

走るのは馬でもなければ、自転車でもない。

この時期に走るのは、馬券師である。

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2007年12月26日 16:22に投稿された記事です。

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梶山徹夫プロフィール

梶山徹夫

1949年広島生まれ、中央大学文学部国文科卒。コピーライターを皮切りに、広告制作、音楽事務所経営、ルポライター、競馬雑誌編集長を経てフリーに。全国の競馬場に出向き、競馬に関わるエッセーを雑誌等に寄稿。著書に「馬券で喰ってどこが悪い」等。

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