梶山徹夫の馬券生活 - 愁思符庵日記 -

本物の博打屋が送る競馬ファン必読の競馬ブログ

2008年01月05日

『愁思符庵・新年』

明けましておめでとうございます。


穏やかな日本の夜明け。

もっとも、日本海側は大雪で、狭い日本と云えど、やはり広いのだと痛感。

何はともあれ、淑淑と暦はめくれ、早、金杯を迎えようとしている。

2日の川口オートを博打始めに選んだ2008年である。

おとそ気分の14660人のファンの一人となり、3億8千万強の売り上げの一翼を担った。

もっとも、当たり初めは若井友和の頭の3連単3400円。

曲がりなりにも小一万のお年玉を頂いて帰った。

3日は川崎競馬予定も、セゾンRHの井出君はもう出社、博打屋の勘違いで急遽変更、京王閣で千葉競輪、岸和田競輪の場外発売で日銭商いとなった。

川崎住人の井手君とみっちり仕事抜きの競馬三昧を目論んでいたが、彼は前日一人で堪能したらしい。

千葉競輪の決勝を取り、なんとかチャラで済ませた競輪初日。

負けを回避しただけに明日に繋がるまずまずの稼業。

4日は些かの目論みがあった。

暮れのある日、JRの車内づりポスターで気になるものがあり、一念発起、金杯前に片付けておきたかった。

JRで行く初詣、と云うポスターに、「一言主神社」と云うのがあった。

そのサブコピーに「言行一致、道徳の守り神」とある。

他は名だたる神社が連なるなか、博打屋には何とも気になる神社となった。

自慢じゃないが、博打屋を含め、お参りしてもバチは当たらない人種は多いのではないかと。

いや、今の世の中だからこそ、この神社には興味をそそられる。

どこにあるのかと見ると常磐線取手駅乗り換え、常総線水海道駅とある。

折しもこの日は取手競輪の決勝戦。

博打屋のスケジュールがピピッと決まった。

午前中神社探訪、午後競輪。

なんとも充実した一日、となるはずであったが。

思えば通過はしたことはあれ、取手には初めて降り立つ。

江戸川を越えて松戸だが、そこからも長い。

板東太郎の利根川に見とれているとようやく取手。

さて、駅で聞くと水海道まで30分強。

しかし、そこからは車でしか行けないと言う。

博打屋のソロバンがパチパチと鳴る。

タクシーで15分なら、往復5000円は下らないだろう。

しかも、結局は同じタクシーを呼ぶはめになるという町事情。

思案六法、博打の前のこの散財。

時節柄避けねばならぬ無駄出費。

結局またの機会にと取り止め。その時間を、宿場町取手の史蹟巡りに切り替えた。

水戸街道、利根川。この水陸の交通で栄えたであろうこの町には見所も多い。

平将門創建と言う「長禅寺」は長い石段と立派な山門、均整のとれた堂「三世堂」をもつ寺で、京都の臨済宗妙心寺の末寺と言う。

「私が無駄に過ごした今日は、昨日死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である」

石段入り口に書かれている言葉が心に響く。


修復中の旧取手本陣染野家を尋ね、外観だけを道端から覗いていると、中から初老の夫人が門を開け、庭の見学をさせてくださった。

1795年建築の本陣は重厚な茅葺き屋根を持ち、県の指定文化財でもある。


関東甲信越小さな旅、となってしまうので、案内は割愛するが、初めて利根川河川敷を歩いてみて、土手の上から川や本陣通りの町並を見下ろすと、往時の喧騒が忍ばれるようであった。

「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」

博打屋にもっとも戒めを与えるこの名文。

三河武士の手本と讃えられた本多作左エ門重次の有名な文だが、この人が晩年を過ごしたのかこの地でもあった。

長篠の合戦の陣中から妻に送った手紙。

文は簡潔でなくちゃなりません。

博打屋がこの取手を訪れたのも、この文を思い出すためだったのかも。

簡潔に、簡潔に。


と云うことで、これまた初めての取手競輪場。

言行一致の神詣でを、不一致なことをして出向いた博打は散々であった。

ただし、場内の食文化の高さはいかにも茨城らしい。

働く女性たちの親切さぱ今時の博打場にしては誉められる。


予定外の持ち出しになってしまったが、一言主神社に何往復したかと思えば諦めもつく。

さて、あられ降る中山。

人出は多い。

金杯一筆啓上。ハンデ加味するならアドマイヤフジ よりサンライトプライド。しかし、馬券はシルクネクサスが軸。エアシェイディ、ヒラボクロイヤルが相手。悩みの種フサイチホウオーは隠し馬券。

さて、博打屋泣かすな、馬走れ。

このページについて

2008年01月05日 11:54に投稿された記事です。

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梶山徹夫プロフィール

梶山徹夫

1949年広島生まれ、中央大学文学部国文科卒。コピーライターを皮切りに、広告制作、音楽事務所経営、ルポライター、競馬雑誌編集長を経てフリーに。全国の競馬場に出向き、競馬に関わるエッセーを雑誌等に寄稿。著書に「馬券で喰ってどこが悪い」等。

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