『噂の新人』
風に冬の冷たさの芯が無くなった。
我慢出来る寒さだが、気を緩めると酷い目にあう。
桜の開花が前倒しになり、少し早まるそうだ。
春本番も近い。
昨日、選択肢から漏れた京王閣競輪。
興味は噂の93期西谷岳文だ。
京都所属の29歳、並みいる先輩に揉まれる生きの良い先行選手。
オリンピックのメダリストでもある。
競輪の醍醐味、ライン決着にこだわる美学が期待を集める。
勿論、京王閣初見参。
珍しく、スタート地点でマジマジと顔を拝見。
緑の6番車の青年だ。

「西谷、お前いつまでもこんなとこにいる選手じゃないぞ!」
スタート地点での野次はじっくり選手の耳に届く。
「後ろがしっかりしてるんだから、何も考えなくていいんだぞ」
「いいか、片山を行かせから上がれよ、お前の脚は違うんだからな」
聞いていると、選手もその気になるのではないかと思えるほど、微に入り細にわたる作戦を野次る。
野次るファンは各々の筋書きを手短に叫ぶ。
聞いていると、ショートストーリーのエッセイを聞いているようで成る程な、と妙に納得させられる。
競輪の最も面白い瞬間だ。
皮肉なものでこのレース、5車が落車、4車が最終を走った。
西谷、小林、武谷のラインと別線3番手阿部。
西谷、小林の争いに、車体故障の武谷が大差で3番手追走。
安いがライン決着、と博打屋も的中を確信していた。
しかし、信じられない光景をみた。
大差の3番手の更に離れた4番手を走っていた阿部が、ゴール前、車体故障で走る武谷を抜いて3着。
3連単2千円そこそこの車券が2万5千円を超す車券となった。
勿論、博打屋は外し。
ポロリと逃げた結果に博打屋は苦笑い。
博打とはこんなもの。
4人で走ってもこの結果だ。
ただ、西谷の力走だけは明日に期待を持たせた。
空商いの一日、博打屋の春はまだ遠い。
