『彼岸に悲願』
肩の荷が下りた。
文字通り実感としてだ。
いやいや、背負い込んだ借金を完済したとか、娘を嫁がせたとか、世間の親父が経験する人並みの事じゃない。
中山への朝、電車の中でふと気付いたのだ。
重いコートとオサラバ。
肩の重さがまるで軽やか。
どうやら、春も本物のようだ。
春休みのせいか、車内も人が多い。
みな、何処と無くウキウキしている。
上手くした自然の営み。
一雨で梅の花を散らし、桜の出番を促す。
花見シーズン突入だ。
「春は嫌いだ」
若い頃の知人が言った。
「人が皆幸せそうに見えるから」
深く静かに心を病んでいたのだろう。
希望に燃えたはずの人生を自ら断ち切った。
華やかさの陰に、あがないきれない孤独を知るのもまた罪深い花の美しさなのであろう。
ともあれ、そんな季節がやって来た。
下総中山に着き、暖かさに誘われ法華経寺を抜け競馬場まで歩いた。
日蓮宗の由緒ある名刹だ。
毎年桜の季節にはこの道を歩くが、来週はこの桜が咲き誇っているだろう。
お彼岸なので博打屋も賽銭納め殊勝なお参り。
悲願の馬券を彼岸に祈る。
きっと良いことあるだろう。
