『虎が雨』
陰暦5月28日、つまり陽暦の今日7月1日頃に降る雨のことを「虎が雨」と言うそうだ。
この日は軍記物で馴染みの曽我兄弟が討たれた日で、兄十郎祐成(すけなり)の愛人遊女虎御前の涙と言い伝えられてきた。
事実、気象学的に見てもこの日は雨の特異日だと言う。(日本の歳時記)
そう思って空を眺めると、今日ばかりは雨が降っても許せるわい、と寛容な心もちでいたが、明るい日差しさえ覗くではないか。
新月から半月、そして満月と15日周期の月の満ち欠け。
それを基に日付を呼んでいた名残で、今日1日の事を「ついたち」と言うのだと、知人が知らせてくれた。
月が立つ日なのである。つきがたつ、つきたち、ついたち、の変遷なのだろう。
「虎が雨」ならぬ「狸が雨」とでも言おうか、昨日サテライト水戸で小田原競輪に挑んだ鉾田の知人は、10円の金しか残ってないよ、と泣きながら帰ったらしい。
すっかり鉾田に馴染み、不本意な仕事上のストレスを夜の闇の中に蠢く狸と共に過ごす日々のこの人物も、やはり、人生に必要以上の幻想を抱かぬ、還暦前の歳になったばかりだ。
昨日、神山なんかを推奨せず、博打屋の本線だった海老根・鈴木をビシャリと言い切ってあげれば良かったか。
安くても、これぞ競輪、決まるものは決まるのだ、と言う格好のお手本だった。
まあ、覚え始めの競輪だから、一杯涙流して貰うのも鉾田の狸の為だったかも知れない。
降らぬ雨なら、と今日から始まった「瑞雲書道展」に上野を訪れた。
知人の女性が何度目かの出展。
読み切れないのだが、見る度に勢いがついてきたように思える。(写真)
博打屋は書は出来ないが、墨の匂いが好きで、季節の挨拶は墨で書くことにしている。
膨大な作品群を見ていると、読めないもどかしさはあるが、じっくりと眺めているだけで、静寂な境地に引きずり込まれる。
大変な体力と精神力が必要だろう位は感じるものだ。
会場の隅のソファーで森を眺めていると何だか安らぐ。
上野の杜には幾つもの美術館があり時間がたつのを忘れさせる。
ヘブンアーティスト達の天国で、広い杜の中に心地よい音楽を添えてくれている。(写真)
アンデス音楽の哀調が何故か森に合う。
これも、浦和競馬が白暮開催で時間がずれてくれたお陰。
博打の前の一時の堅気。
10R シャドウフィクサーはもうひとついけそうだ。スマートフォルム、バカウなら米の飯。
11R ジュノベーゼの桑島騎手に期待したい。先日川崎で一層の現役続行の檄を飛ばしてきたばかりだ。(写真)
地元トーセンウ゛ェリスタの方に分があるかも知れないがパドックを見て決めよう。
