梶山徹夫の馬券生活 - 愁思符庵日記 -

本物の博打屋が送る競馬ファン必読の競馬ブログ

2008年07月03日

『命の言葉・七月』

「禍福は天にあるにあらず人の招く所にある」


神社庁の七月の栞、命の言葉は徳川家康の重臣、本多正信が家臣に残した言葉を引いている。


乱世には参謀として、治世には幕府の主導者として活躍したこの武将は、災難や幸福といったものはすべて人が招くものであると教えている。

10円の賽銭でしっかり栞を取り(自由に貰える)、こうして勉強させてもらうのだから、博打屋もただでは転ばぬ、いや、街をさ迷わない。


ある飲み屋を探しているうちに、有名な「羽二重団子」に出くわした。(写真)

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「根岸名物芋坂団子 売りきれ申し候の笹の雪」


「芋坂も団子も月のゆかりかな」


店先の看板に縁の深い正岡子規の句も見られる。


文化文政の頃、遥かな荒川の風光に恵まれたこの辺り日暮の里(日暮里)は音無川のせせらぎと、小粋な根岸の三味の音も聞こえる塵外の小天地であった、とある。


文政二年に初代庄五郎が音無川のほとり芋坂で「藤の木茶屋」を開業したのが「羽二重団子」の前身と言う。


「芋坂」と言うのは店前の善性寺門前から谷中墓地に上る坂の事だ。


1868年5月15日、上野戦争で敗れた彰義隊士数百名がこの芋坂を退却路として落ち合い、日光目指して敗走したのだそうだ。


その折り、幾人かの隊士がこの茶屋に侵入し、武器を捨て変装して出て行ったと言う。


その隠し捨てた武器が今も店に保管されている。


さほど遠くない歴史の出来事である。


徘徊博徒としては探し飲み屋以上の収穫、羽二重団子の味が一層情緒的になりそうだ。

2日の商い、旭川競馬のビッグムーンは2着だった。


スタートが良くなく追い込む競馬となったが、厳しい位置からハナ差で2着を確保した。

末脚は良く認定レース勝ち上がりは次走だろう。


浦和の馬券は好調だった。

4打数4安打、内野安打あり長打ありで、開店休業の先週末の売り上げを少しカバーした。


予想通りチェレブラーレが圧勝し、パドックで拾い上げたクレイアートビュン、サウンドサンデーの3連単26190円、馬単2470円は望外の配当だった。


予想で取り上げた休み明けディープサマーが太目過ぎ、切り捨てられて馬券が楽になった。


3日は立川競輪準決勝、女屋を買いに出向き、浦和薄暮に転戦。


ヒョンな成り行きからとっておきの大衆酒場の探訪となった。


日暮里、王子、赤羽界隈は、東京西部方面に住む者から見ると下町風情豊かで史跡にも富み魅力的だ。


朝から開店の驚くべき大衆酒場を見つけられるのも感動的なのである。


知らぬは博打屋ばかりなり、で実はその界隈では有名な事が多い。


訪ねた王子の「山田屋」などもそのようで、博打場へのコース上なら毎日でも寄りたい大衆酒場だ。


小耳にはさんだ店探しだったが、良い店は歩かなきゃ駄目と言う事でもある。

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2008年07月03日 01:15に投稿された記事です。

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梶山徹夫プロフィール

梶山徹夫

1949年広島生まれ、中央大学文学部国文科卒。コピーライターを皮切りに、広告制作、音楽事務所経営、ルポライター、競馬雑誌編集長を経てフリーに。全国の競馬場に出向き、競馬に関わるエッセーを雑誌等に寄稿。著書に「馬券で喰ってどこが悪い」等。

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