梶山徹夫の馬券生活 - 愁思符庵日記 -

本物の博打屋が送る競馬ファン必読の競馬ブログ

2008年07月04日

『真夏日農夫』

夜半の雨で予定の梨実習が延期になるだろうと、半ば安心して寝ていると、明るい朝がやって来たので今日(4日)は半農博徒。


午後からの実習だから、結局商いにも行けず立川の決勝は諦めることにした。


今日は光琳忌でもあり、アメリカ独立記念日でもある。

余り博打屋には関係ないが、週末の身の振りにそれなりの煩わしさがある。


土曜の函館新馬戦に早くから誘われ、すっかりその予定で動いていたばかりに、前日まで連絡の無いのも不誠実な話。


何時もの事ながら話だけは景気の良い人間は何処にでもいるものだ。


およそ馬関係者にはこのタイプが多い。


今さら驚きはしないが、ご都合主義に振り回されるのも疲れるものだ。

馬主や調教師の共通点は互いに裸の王様であることに気付かないところにある。

馬の扱いにまるでカメレオンのように一喜一憂。


馬が勝てば喜び、低迷すればボロクソの批評。


如何にも一貫性の無さは呆れるばかり。

馬主にそう言わせる調教師もしたたか。クライアントに対するデリカシーに欠ける事が多いようだ。

まあ、騙し騙されの狐と狸の化かし合い。


双方を観察していると競馬社会が持つ宿命的構図が見えてくる。


何十年かこの社会を覗いてきたが、虚栄と背信のうねりの中で、富だけが正義の仮面をかぶり闊歩する。


そして多くの人がこの富にかしずく。


心ある者は去り、能無きものは固執する。


沈黙は金なり、は世間の処世訓。


正論や直言までを沈黙の美学で封じ込めるのが、この村社会。


沈黙なんてものじゃない。都合の悪いことは黙ろうよ、と言う常識がこの社会の特徴ではなかったか。

博打屋ごときの観察ですら辟易とする側面が垣間見られる。


不本意に慣れ、不条理に麻痺することから全ては始まるようだ。

奇しくも多くの人は博打屋に言った。

忍耐と寛容の世界だと。

炎天下の梨講習が終わった。


新しく伸びた枝を来年の為に誘引し、花目を付き易くすることと、養分の配分を伸びる事から太る事へ変える効用がある。


すでに実は50ミリに成長し、来月には倍になろう。(写真)

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汗だくで作業に没頭していると、植物の正直さに心を打たれる。


何の虚飾もなく、実直に生育する姿は、例えようのない強さを感じさせる。


農は国の元なりと言う。


にわか農夫だが、感じるものはある。


そう言えば馬も農の範疇だった。

牧場主は農夫の登録だ。

付加価値の高さがなんと人間を変えることか。


これは農夫だけに留まらないか。


明日からは福島旅打ち。

3場の新馬戦、金になりそうなのがいそうだ。

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2008年07月04日 18:09に投稿された記事です。

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梶山徹夫プロフィール

梶山徹夫

1949年広島生まれ、中央大学文学部国文科卒。コピーライターを皮切りに、広告制作、音楽事務所経営、ルポライター、競馬雑誌編集長を経てフリーに。全国の競馬場に出向き、競馬に関わるエッセーを雑誌等に寄稿。著書に「馬券で喰ってどこが悪い」等。

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