梶山徹夫の馬券生活 - 愁思符庵日記 -

本物の博打屋が送る競馬ファン必読の競馬ブログ

2008年07月15日

『自分探しの旅・道連れ』

再び旅の空である。


七夕賞を仕留め損なった痛手はあったものの、最終日の福島興行は何とか凌いだ。


福島で別れた「自分探しの旅」夫妻がみちのくを北上し水沢辺りに泊まると連絡があった。

盛岡方面に進路をとるとの事で、博打屋の身の振りを聞いてきた。


何とも誘惑に満ちた電話ではないか。


今開催(12,13,14日)から盛岡競馬は全レース3連単発売が始まっている。


先週の旅打ちでリサーチ済みだ。


下級条件レースの3連単は荒れるに決まっている。


中央競馬もこの夏から試験発売され、高配当が予測されている。


まあ、福島の勢いで乗り込みたいのは山々だ。


それを見越したかのような知人からの問い合わせではないか。


水沢で合流すれば盛岡まで送ると言う。


平泉、中尊寺、衣川、高館など、歴史愛好家には事欠かない地域にいながら一体何処に「自分探し」に行こうと言うのか?


まあ、人様の心配より我が旅打ちの先行きが問題。

折角の手招きに甘え盛岡リベンジも悪くない。


そんな成り行きから日曜(13日)の夜水沢、翌月曜朝盛岡へと移動した。


「競馬場で自分探しってできるものかい?」


車中知人が訊ねる。


「そりゃアンタ、永遠のさ迷える子羊。自分を知るには格好の場所だよ」

「しかもさ、自分を知るっつったって、自分の弱さや嫌らしさだよ。ギャンブルをやるとつくづく自分が見えてくる。」


こんな話が知人を触発したか、私たちも競馬場に行ってみたいと言い出した。

雨の水沢を後に盛岡へ向かうと、怪しげな空もなんとか持ち直し、博打屋と競馬童貞・処女を歓迎するかのような天気。


3連単がなんたるものかも知らぬ二人を存分楽しませる薄暮競馬はドラマチックかつスリリングな結果に終わった。

案の定、後半のレースは人知の及ばぬ大波乱の結果だった。


「鬼の手形レース」と言ういかめしい名のレースに夫妻が訝る。


一つ前のレースは「擬宝珠(ぎぼし)レース」


これは「みちのくの小京都」としての面影の一つ、上ノ橋のシンボルで青銅製の擬宝珠の事である。

「鬼の手形」と言うのは、市内の神社にある人の手形跡のように見える石の事で、これは鬼が二度と悪いことをしないと言う証しに手形を押したことから「岩手」と言う名が生まれたと言う地名の伝説由来でもあるのだ。

こうしたレースを見ながら、レース予想と実際のかけ離れた結果にカルチャーショックを覚えつつ、知人夫妻は新たな世界のラビリンスに入り込んで行ったかのように見えた。

盛岡の夜を過ごし翌火曜(15日)、博打屋は当初の壮大な予定であったセレクトセール見物を止め知人の旅先案内を買ってでた。

この辺りはつい一週間前、大曲の馬主氏と通い慣れた土地柄。


いや、博打屋お気に入りの秘湯だらけの土地である。

旅の徒然、知人夫妻も中々洒落っ気十分、博打屋の放浪経験に下駄を預けようと言う雲行き。


どうやら金と時間に糸目をつけぬ覚悟の旅の様相だ。

些か帰りと開店休業を案じながらもドサクサに紛れ、博打屋の個人的趣味、秋田の豊富な温泉に案内。

すっかりお洒落になって、魅力半減した乳頭温泉郷を訪ね、「鶴の湯」(写真)を始め懐かしの秘湯を訪れた。

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旅の宿は「蟹場温泉」。(写真)

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三人で混浴に入りながら「自分探し」を三者三様に思い偲ぶ夜を迎えた。


このまま旅を付き合っていると、間違いなく博打屋は週末新潟に下がって行く事になりそうだ。


二人を連れて新潟入りも悪くはないが、それじゃ博打屋の「自分喪失の旅」となりかねない。


そろそろ旅も終わりにせねば、博打家業も上がったりである。


寂しいほどの乳頭の夜は静かに更けている。

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2008年07月15日 22:05に投稿された記事です。

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梶山徹夫プロフィール

梶山徹夫

1949年広島生まれ、中央大学文学部国文科卒。コピーライターを皮切りに、広告制作、音楽事務所経営、ルポライター、競馬雑誌編集長を経てフリーに。全国の競馬場に出向き、競馬に関わるエッセーを雑誌等に寄稿。著書に「馬券で喰ってどこが悪い」等。

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