梶山徹夫の馬券生活 - 愁思符庵日記 -

本物の博打屋が送る競馬ファン必読の競馬ブログ

2008年09月03日

『晩夏歓迎』

「まだ東北放浪ですか?お元気そうな旅ブログ何よりですよ」


丁度海沿いの道を山道に取り左眼下に日本海の大海原を見下ろす絶景ポイントにさしかかった時携帯が鳴り響いた。


昨日(2日)昼過ぎ男鹿半島を巡っている時のこと。


何とも珍しくフジTVの福原直英アナウンサーからであった。

「凄いタイミングだよ、素晴らしい景色。でも、何の風の吹き回しだい?」


「いえね、夏競馬からの流れ旅。羨ましいな~と思って」


「そういや今年は寂しいな、君の顔が見れなくて。パドック評定楽しみだったのに」


福原アナウンサーは長らく競馬担当であったことは競馬ファンならご存知であろう。


宮仕えの宿命か、出世への途上か、何年か前アメリカへ渡りまた戻ってきていた中堅アナだ。


競馬担当を外れても暇を見つけては現場に顔を見せていた根っからの競馬好きで、仕事柄豊富な人脈を持ち、競馬に対する造詣は博打屋の比ではない。


豊富な人脈の一人が博打屋じゃ彼も迷惑だろうが、この人の偉い処はそうした人を値踏みしない平静な人柄と、真摯に馬を見ようとする姿勢なのである。


昨年の夏の暑い最中、新潟のパドックで何時もの馬評定。


互いの推奨馬の後先をコーヒー賭けで競ったり、その2頭の馬連を買うなど、味のある馬券を手にしたものだった。


外す為に聞く人の多いこの世界で、こうして真面目に互いの見識に敬意を表し馬券に反映させる人柄が博打屋をホッとさせてくれたものだった。


その福原アナが奇しくも椿漁港を過ぎ、帆掛島を始めとする奇岩、断崖の続く男鹿西岸を旅する博打屋を見ているかのようなタイミングで電話してくれたのは驚きであった。


何処か羨ましがるその声に元気がなかったのが気になったが、堅気には堅気のストレスがあるのかも知れない。


将来を背負って立とうかと言う有能なアナウンサーに羨ましがられるほど博打屋の放浪も楽じゃない。


夏休みは良いが、つまりそれは無収入であると言うことなのだ。


向日町の開設記念の準決勝が頭の隅にあったが、折角の地元秋田の知人の案内、商いは封印するのが渡世人の筋。


その知人の配慮も流石である。


男鹿半島を右回りに走ってくれたのだ。


西海岸から右回りでドライブすると助手席の客人が海を見やすいのだそうだ。


成る程その通り、戻ってきた夏の日差しの中、日本海の水平線が丸く左右に落ちる様が圧巻。


40年前バスを乗り継ぎ逆回りした記憶が微かに甦ってきた。


男鹿水族館を見て入道崎を回り寒風山からの展望を楽しんだ。

入道崎は名前に反しなだらかな岬である。


この地に立ってその昔を思い出したが、灯台がこうした模様だったか記憶にはない。(写真)

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かなり建物が増え観光地然としているが、博打屋の記憶はただ草原の広がるたおやかな岬であった。


初めて上る寒風山頂の展望は素晴らしく、360度男鹿半島の地形が地図のように見渡せ、八郎潟の広がりが手に取るようであった。(写真)

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今日(3日)は一旦帰京して立川へ向町開設記念平安賞の決勝を買いに出向いた。

山崎、小嶋、荒井もお帰りになると言う脱け殻決勝だが、これは何時もの事。


地元ファンは稲垣裕之が勝って涙するのが見たいだろうが、海老根・兵藤ラインも面白い。


武田・神山のラインは武田が先行しないだろうから神山の出番はない。


兵藤を稲垣のラインに絡ませてみたい。

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2008年09月03日 16:13に投稿された記事です。

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梶山徹夫プロフィール

梶山徹夫

1949年広島生まれ、中央大学文学部国文科卒。コピーライターを皮切りに、広告制作、音楽事務所経営、ルポライター、競馬雑誌編集長を経てフリーに。全国の競馬場に出向き、競馬に関わるエッセーを雑誌等に寄稿。著書に「馬券で喰ってどこが悪い」等。

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