『歌舞伎座参る』
「猫に小判」と笑うでない。
博打屋だってたまには銀座に出ることもある。
しかも歌舞伎座だ。
さらに1等席15000円、7列21番。
2日から始まっている「芸術祭十月大歌舞伎」に今日(6日)出向いて来た。
芸術祭の秋だぜ、これくらいの趣味は、と言いたいとこだが歌舞伎座なんて何十年ぶり。
当然自前の観劇ではない。
子役の演者の後援筋から戴いた券である。
ある意味「猫に小判」に違いはないが、分かる分からないの問題ではない。
貴重な席だから空席にすると分かるから行かない訳にはいかない。
提供者にも義理が立たない。
まあ、観劇は嫌いじゃないし何事も経験である。
しかも上等な席だからまず自力では叶うまい。
回りにどんな人がいるか分からないので取り敢えず一度も着たことのなかった黒のスリーピースを着て雨の中を出掛けた。
お上りさんだから11時の開演前に銀座でお茶でもと思ったのと、子役の出番が最初なのだから遅れる訳にいかない心づもりで2時間も前に出掛けたのが幸いした。
京王線の人身事故で電車は大遅れ、新宿着の時間も読めぬと大パニック。
南武線で登戸に出て小田急線で新宿、と振り替え移動の判断は良かったが、小田急も煽りでノロノロ運行。
新宿に近づくほどに前がつかえこれまた動かぬ。
余裕の時間も刻々と迫り不安がよぎる。
肝心の子役が見れないと、と焦ったがドモならん。
やっと着いた下北沢から井の頭線で渋谷、銀座線と云う咄嗟の判断。
しかし、これも甘かった。
超満員で積み残し状態。それでもクシャクシャになりながら決死の移動。
一足しかない黒のフェラガモも踏み潰されスーツもくたくた。
それでも何とか15分前に歌舞伎座到着で事なきを得た。
子役は坂東小吉と云う小学6年生。
中村福助演じる母と馬子役の小吉が母子の悲劇を演じる。
中々の大役である。
梨園に生まれ宿命を背負って舞台に立つ年端もいかぬ子供の舞台を見るのは、複雑な気持ちになるものだ。
人の定めとはかくも冷徹なものかと。
古典芸能は人を支配する頑な非情さをその血脈として持っているのであろう。
それにしても松緑、菊五郎、玉三郎、菊之助、団蔵、左団次。
博打屋にも分かる梨園の名がズラリ。
圧巻は80歳の中村芝かんの「藤娘」。
「傘寿」を記念した華やかな舞台はただただ恐れ入りますの一言。
その昔、府中競馬場のスタンド4階、シルバー梅八と云うレストランで毎週見掛けた「芝かん」さんである。(かんと云う字が出てこない)
あれから20年は経とうか。
「成駒屋!」の掛け声が如何にもと響く。
「音羽屋(尾上菊五郎、松緑)」「大和屋(坂東玉三郎、小吉)」と屋号の飛び交う劇場は一種独特な空気に支配される。
「待ってました、博打屋!」
誰も言ってくれないので博打屋は一人で呟いてみた。
今度生まれて来るときはこうした定めの御曹子も悪くない。
きっと良い役者になれると思うのだが。
