『同行二人』
現代では四国のお遍路さんの笠にしか目にする事がなくなった「どうぎょうににん」の文字。
昔の巡礼者は笠に「同行二人」と書いて旅したそうだ。
「二人」とは仏と我とのことである。
『今日よりや 書き付け消さん 笠の露』(芭蕉)
同行の曾良が腹痛を患い金沢あたりで芭蕉と別れ長島藩の伯父の元へ静養に行く。
『行き行きて 倒れ伏すとも 萩の原』
曾良はこう詠んでリタイアする我が身の不甲斐なさを詫びた。
いよいよ一人旅となった芭蕉は今日からは一人なんだと覚悟も新たに先の句を詠んだ。
笠に書き込んだ「同行二人」の文字を消した芭蕉の心境であるが、「露」に掛けた芭蕉の涙も読み取れる。
しかし、一人旅こそ芭蕉の目指したもの。
有能な秘書を失ったことは残り少ない旅程にとって良かったのかも知れない。
博打場に出向く博打屋の胸にはいつもこの「同行二人」の文字が刻まれている。
博打場は巡礼のようなものだ。
強い克己心を持たなければ耐えきれるものではない。
言わずもがな博打事は負けるのは容易いが、勝ち続けることは容易でない。
負け代と勝ち代とのせめぎあいに何処まで耐えられるか。
勝ち続ける事が不可能な限り、負け代をどう用意するか、そこに博打稼業の機微が生じる。
余程の聖人でない限り、予め敗けを組み込んだ戦いは容認出来るものではない。
しかし、捨て石を持っていればこそ戦いも出来る。
その捨て石を「同行二人」の相手、仏に預ける。
博打屋に連れ回される仏も良い迷惑だろうが、孤独な闘いを強いられる博打場では「同行二人」は消せぬ心の墓標だ。
昨日(8日)は震えながら世俗の契約事の処理に縛られ、駆けつけた立川競輪初日は一レースの見物に終わった。
弥彦の準決勝場外併売もあり商いは今日(9日)に持ち越された。
丸亀競艇では昨日から全日本選手権が始まっている。
秋の好天を迎え商い場所は豊富である。
「同行二人」、弥彦は岡山の岩津祐介に託そう。
立川は斎藤由貴か。
