梶山徹夫の馬券生活 - 愁思符庵日記 -

本物の博打屋が送る競馬ファン必読の競馬ブログ

2008年10月14日

『にわか鉄男君なれず』

今日(14日)は鉄道記念日だ。


大宮の鉄道博物館は中々評判らしいので大宮競輪初日と博物館セットの充実プランを描いて朝洗濯をし、先日の草むしりの枯れ草を燃やしていると雨になってしまった。


「こんな日に行っちゃぁ駄目ですよ。鉄男君、鉄子さんで一杯でね。色んな催しもあるし、会社休んで行ってる人もいるんだから。鉄道マニアを甘く見ちゃ駄目ですよ」


こう知人のマニアに脅されたんじゃ博打屋のプランも鈍る。


にわか鉄男君になるのはあっさり変更。大宮競輪も見送りだ。

昨日の休日商いでやや疲れも残っていたので遠出は諦め多摩川競艇準優に出向いた。


雨に煙る多摩川水面をボーっと眺めていたら辺りがすっかり秋めいて来ているのに驚く。


一レースしか出来ない時間だったが、それでも全休日に出来ない博打稼業の悲しい性。


現金収入の道は挑まなければ拓かれないのだ。


無駄打ちになろうともそれは結果。


結果の明暗を案じて博打はすべきものではない。


しかし、よもやの秋山広一の凡走。


勝負舟券はドコサもない外れ。


まあ、雨で客足が遠のき、売り上げさっぱり、仕入れ代も出ない飲み屋みたいなものだった。


空商いを噛みしめバスに乗り込むと知人の馬主氏にバッタリ。珍しい所で珍しい人だ。


「たまに来るんだよ。よく分からないけど面白いな、あっさりしてて。スタートだけだもんな」


嘗てはポピュラーな冠名馬を走らせていた馬主氏もすっかり馬の方は影が薄い。


競馬場ではいつも顔を会わせるが「天才バカボン」と愛称があるくらい博打好きで、しかも「泣きのバカボン」、やられた話ばかりなのだ。


しかし、時の流れとはいえ、博打屋が記憶する限りでも30年も昔からのキャピキャビの馬主氏が個人名義の馬もいなくなって久しい現実が馬主社会の消長を物語っている。


3時の約束をすっぽかして多摩川に足止めくったようで、そば屋の出前宜しく、今向かってると言い訳電話をしながらのバスだった。

多磨霊園駅で別れ博打屋は帰庵した。


思えばこの馬主氏と亡くなった馬主氏がよく浦和競馬場に現れた。


今日は良いレースがあるから博打屋にも稼がしてやる、だが離れていろ、と訳有りげに言ったものだった。


今は調教師になっている某騎手が二人に色好い話でもしたのだろう。


博打屋もオコボレをと二人の馬券をピッタリとマークして買ったものだか、殆んど来たためしがなかった。


一人はすでに亡くなった。

「天才バカボン」の愛称はこの故人から教わった。


今となっては良い思い出である。


この頃から「泣きのバカボン」であった。


恐らく「社長!明日のレース、買っても良いですよ」なんて可愛がっていた騎手に言われてやって来ていたのだろうが、博打好き馬主はこんな脆さを抱えている。


この二人の訳有り馬券に乗っかっていた博打屋もまだ若かった。


今となっては良い思い出だが、馬主の姿にも栄枯盛衰の影が漂うものだ。


秋の夜に懐かしい故人までを思い出した。

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2008年10月14日 23:05に投稿された記事です。

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梶山徹夫プロフィール

梶山徹夫

1949年広島生まれ、中央大学文学部国文科卒。コピーライターを皮切りに、広告制作、音楽事務所経営、ルポライター、競馬雑誌編集長を経てフリーに。全国の競馬場に出向き、競馬に関わるエッセーを雑誌等に寄稿。著書に「馬券で喰ってどこが悪い」等。

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