『かじけ博徒』
正しくは「かじけ猫」と云う冬の季語のもじりである。
「かじけ」は動詞「かじく」「かじける」から派生した言葉で寒さのためにちぢこまった、の意味がある。
つまり、寒さのためにちぢこまった猫のことを「かじけ猫」とよぶのだ。
したがって、寒さのために縮こまっている博打屋のことを「かじけ博徒」と呼ぶ。
この場合の寒さと云うのは意味が広く、身体だけの寒さとは限らない。
まあ、多くを語らずとも察しはつくであろう。
似たような冬の季語に「ふくら雀」と云うのがある。
「ふくら」は「ふくよか」と同じ意味の形容動詞で、ふっくらとしている、の意味。
雀が枯れ枝に止まり羽毛を膨らませて寒気をしのいでいる姿はよく見掛ける。
その姿を言い表した言葉だ。
「凍鶴(いてづる)」も「凍蝶(いてちょう)」も同じように寒さで凍てついてじっとして動かない鶴や蝶の事である。
万物皆凍てついてじっと耐えているのだ。
近所のシロは何日か前までは日差しに寛いでいた。(写真)

さすがに今朝は暖房の室外機の上で「かじけ猫」となっていた。(写真)

世が世なら「竈猫(かまどねこ)」となるところだが、現代の猫は竈を知らない。
そのシロの縄張りにある畑に葱が植わっている。
葱は冬の季語で鍋物には欠かせない。
関西は根より青い葉の方を使うので葉葱をつくり、関東は根の白い部分を使うので白葱を地中深く作る。
その葱が折れた姿が折鶴の姿のようにも見え、寒い朝など凍鶴を見ているような錯覚に陥る。(写真)

そんな冬らしい氷雨の降る今日だったが、昨日からの胃の不調は続きお腹の具合が宜しくない。
小倉競輪祭の初日、京王閣に特選3レースを無理して見に出掛けた。
明日(23日)は大井に出向くし、土日は競馬だから競輪祭は今日しか参加出来ない。
山崎芳仁の番手となった神山雄一郎が絶好の勝機と見ていたらその通りとなった。
幸い室内で椅子も空いていたのでウトウトしながら次のレースを待っていたが、ただ見るだけで過ごす博打場はなんと時間が長く感じる事か。
何度もトイレに駆け込みながらじゃ、いよいよ博打屋も下の緩んだ爺ちゃんの仲間入りかと情けないものがあった。
見ると回りにもただじっと買いに行くでもなくずっと座っている人たちもいる。
寒さ凌ぎと時間潰しに来ている高齢者もいるようだ。
まだ優勝の予測はつかないが明日は山崎が消え準決勝で勝ち決勝で負けるパターンの用な気がする。
不穏な体調で週末が危ぶまれるが、明日の大井でスーパーウ゛ィグラスが馬券になれば体調不安も一気に解消かも知れない。
単勝馬券なら春が来る。
